【いつも蕎麦にいるよ】九杯目 東武鉄道北千住駅『小諸そば』

【登場人物】
相原総一郎(40)営業職

【登場そば屋】
東武鉄道北千住駅 3、4番ホーム中央『小諸そば』
二枚冷やしたぬき ¥400-

この春、ぼくは左遷された。

この春、社内で大幅な人事異動が実施され、通い慣れた場所、電車で1本で行けた本店から、乗り換えなければいけない支店へと異動することになった。

栄転などではまったくなく、いわゆる都落ち、左遷である。

特に何かしたわけでもなく、問題行動などしたこともない。バリバリ仕事ができる方ではないので、模範社員、優秀社員かどうかはさておき、乱さず、乱れず、たんたんと着実に仕事をこなしてはいるつもりだった。

ぼくの何がいけなかったのか?

性格上、そういったことを直属の上司に対して尋ねることもできず、ただ、言われるがままに従った。

今年で40

最後に恋人ができたのはいつだったか?

社内にいる同世代の男たちは、ほぼ全員といってもいいほど、皆、結婚して子どももいる。もちろん、時代ということもあるのか、その後離婚して、慰謝料を払っているという離婚組もいるにはいるが、そういう男たちはぼくとは違って仕事がデキるタイプなので給与も全然違うだろうから、むしろ独身になって人生を謳歌してそうに見える。

女性陣には独身が多いけれど、「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」とはよく言ったもので、彼女たちは年を重ねるたびに身綺麗になっていき、凛とした美しさを醸し出し、結婚する気なんてさらさらないように感じられる。そんな彼女たちとも交流はなく、今さら恋人をつくろうとする気力もわいてこない。

このまま一生独身かなと思うことは多々あるが、趣味である〝御朱印集め〟が楽しいし、週末は自由に好きな場所に行けるので、この人生をつまらないとは思ってはいない。

とはいえ、仕事にかんして言えば、間違いなくルーティンが心地よかったし、それこそこの生活がずっと続くのだと、どこか会社に甘えていたのかもしれない。

もはや、そういう時代ではないにもかかわらず、、、。

※ ※ ※

乗り換える駅は「北千住」だった。

北千住は、近年、住みたい街ランキング上位に入るなど(※穴場だと思う街(駅)ランキングでは1位を獲得!)、子育て世代を中心に急激に人気がでてきている街である。

江戸時代、「日光道中」と「奥州道中」と呼ばれた主要な交通路の宿場町として栄えたのが北千住だ。その名残りから、JR常磐線、東京メトロ日比谷線、東京メトロ千代田線、東武伊勢崎線の4線が乗り入れる線路網の要所となり、2005年にはつくばエクスプレスが開通、北関東と都内の中継地点としての利便性がさらに増してきている。

駅前に様々な商業施設があることから、ここに居を構えれば、通勤がスムーズとなり、さらに帰宅時に買い出しもできる上、休日の買い物も北千住ですべてがまかなえてしまう。しかも、元々、呑み屋街としても知られていたため飲食店も豊富で、吞兵衛御用達のディープなスポットもたくさんあり、街全体の醸し出す雰囲気が、ほかの街にはない独特なものとなっているのだ。

つまりは、住みたい街上位に入るのも納得の〝穴場〟なのである。

そんな街において、東武鉄道北千住駅3、4番ホームにひっそりとたたずむ立ち喰い蕎麦屋がある。

「ひっそり」という言葉は適していないのかもしれないのだが、多くの線路が交錯している駅のため、通勤で利用しない限りはこのホームに降り立つことはない。ぼく自身、長年、北千住駅は利用してきているし、降りたこともあるのだが、この蕎麦屋の存在は知る由もなかったのだ。だからこそ、どこか「ひっそり」としたイメージをもってしまい、なぜだか左遷された自分の境遇と重ね合わせ、この蕎麦屋のたたずまいに共感していた。

とはいえ、通勤時は時間ギリギリで出勤しているため立ち寄ることはできないし、帰宅時も疲れ切った状態で立ち喰いをする気力はなく、異動から二カ月経った今も、いまだに入店することはなかった。

仕事の方も順調とは言い難かった。

前の職場では、もともとの顧客に営業周りをしていればよかったので、特に新規顧客を捕まえてこなくても十分仕事となっていた。だが、ここでは新規顧客への営業活動が仕事の中心で、電話営業から飛び込みまで、常に緊張感を強いられる状態にある。肉体的にも精神的にもボロボロで、日に日に、疲労がたまっていった。

そんな中おとずれた大型連休は有難かった。

しかも、その最中に元号まで変わるという一大イベントがあり、会社も世間も騒がしく、皆浮き足立っていたので、新規顧客をとってこられなくても特にとがめられることはなかったのだ。

ぼく自身も少々、心が躍っていた。

というのも、元号が変わることで、〝元号またぎの御朱印〟を頂くことができることに喜びを感じていたからだ。

そう、4月30日に平成最後の御朱印を頂き、5月1日に令和最初の御朱印を頂く……。

長い休みで疲れた心身を癒せることに加えて、こんなイベントまで体験できるのだから、御朱印集めが趣味の人にとってみれば、海外旅行に行くことより、テーマパークに遊びに行くことよりも、わくわくさせられる2日間になるだろう。連休に入る前はどこの御朱印を頂こうかということばかりを考えて、ひたすら一人でほくそえんでいた。

※ ※ ※

4月30日は、靖国神社の御朱印を頂いた。

なんとなく、元号が変わる、平成の最後は靖国神社がふさわしいのではないかと考えたからだ。

そして、翌日、5月1日、令和へと元号が変わった日、ぼくは、北千住でいつもとは違う電車、東京メトロ千代田線に乗り換え、明治神宮を目指すことにした。

平成最後の靖国神社の対向に、令和最初の明治神宮、これぞ東京に住むぼくたちの最高の〝元号またぎ御朱印〟ではないかと思っていた。

だが、神宮に到着した瞬間、衝撃を受ける。

10時間待ち。

参道は御朱印を頂く参拝者であふれ、社務所から伸びる行列は、あの人気テーマパークよりも長大だった。

御朱印好きならば、ここは並んで頂くべきなのだろうが、慣れない職場での疲労やストレスが重くのしかかり、一瞬並んではみたけれど、すぐに列から離れて引き返すことを決断した。

途中、千代田線の根津駅で降りて、根津神社の御朱印を頂いたが、何か心にモヤモヤともやがかかり、鬱屈とした気分になっていた。

しかも、御朱印つながりで仲良くさせて頂いている御朱印愛好家の菊池洋明(※Be Moreにて東京御朱印連載中!)さんから、神社版の元号またぎ、寺院版元号またぎという、御朱印好きなら垂涎もののミラクルなまたぎ御朱印の写メが送られてきた。

う、うらやましい……。

嗚呼、元号が変わっても何もいいことがないじゃないか。

平成の終わりに職場が異動になり、慣れない営業の仕事に追い詰められ、せめて令和の新時代を迎えるときくらい、大好きな神社でこれからの未来に希望をもてるよう、感謝の気持ちを込めて祈りを捧げたかった……。

あ……。

祈り……。

そういえば、御朱印を頂くことばかりに頭がいっていて、明治神宮に行ったにもかかわらず、肝心の参拝すらしてこなかった。

これでは、ブームに乗っかって御朱印集めをしている、マナー知らずのにわかファンみたいじゃないか。

北千住駅に着いたとき、ぼくは、ますます自己嫌悪に陥り、なんだか仕事も御朱印集めも、すべてがどうでもよいと思うようになっていた。

※ ※ ※

複数の線路が行きかう北千住駅は複雑で、千代田線から東武伊勢崎線へと乗り換える際、例の3、4番ホームを経由する方法もある。

その日、何の気もなしに移動していたら、うっかり3、4番ホームを歩いていて、そして、これまたうっかり例の蕎麦屋のことを思い出した。

「小諸そば」

〝早くて、安くて、おいしいプラス清潔で良いサービス”という鉄則のもと、首都圏を中心に店舗展開しているチェーンの蕎麦屋である。

今は通勤中でも帰宅中でもない。

ふと、行くならこのタイミングしかないのではないかという気になった。

御朱印好き、神社めぐりが好きな人は、「ご縁」を大切にする。

残念な一日の流れの中で、ずっと気になっていた蕎麦屋にたどり着いたのである。

これも何かの縁だろう。そう感じて、「小諸そば」の券売機の前に立った。

「月夜のばかしそば」というのも気になったが、なかなか暑い日だったので、「二枚冷やしたぬき」を注文した。

よくよくメニューを見てみたら、大盛りは1,5倍で二枚は2倍ということのようだ。

そんなに食べきれるかな?

なんてことを考えながら、チケットを出し、水を頂いて立ち食いスペースへと移動した。

普段の早朝や夕方は通勤や帰宅する人たちで賑わう店内も、休日の昼間は人の出がまばらで、あくせくとした雰囲気はない。

外を行き交う人たちや電車の音は賑やかだが、店内では静かに蕎麦を待つことができた。

数分で二枚冷やしたぬきがやってきた。

大量の揚げ玉とかまぼこ、きゅうりの3色の彩りが美しく、シンプルながら食欲のそそる見た目となっている。

そばの色は薄く、ストレートの細い麺が特徴で、味は濃くなく、つゆとしっとりとからみあい、上品な味わいだ。少し、ぼくの好みとしては〝こし〟が「物足りない」気はするが、油っぽい揚げ玉と一緒に食べると甘くて美味しい。

一枚の量がそこまでではないので、二枚でも普通の大盛りという感覚で頂くことができた。

二枚盛り……。

平成令和またぎの二枚御朱印……。

理想的な二枚にはならなかったけれど、そもそも御朱印は参拝した証として頂くものであり、御朱印を目当てに参拝するのは本来の意味合いからはかけ離れてしまっている。頂いた神社寺院に対して、「物足りない」なんて言葉は失礼極まりないではないか。

どこの御朱印であろうとも、頂いたものはその神社や寺院との繋がりであり、神さまや仏さまとのご縁であり、自分にとっての思い出にもなるのだから、感謝の気持ちをもって大切にしなければならない。

うん、残りの連休もフル活用して御朱印めぐりをしよう。

そして、連休が明けてからの仕事のことは、とりあえず、今は考えないようにしよう。

現実逃避かもしれないけれど、人生には現実逃避も必要だ。

一瞬、物足りなさを感じた蕎麦をかみしめながら、そんなことを考えていた。

<終>

東武鉄道北千住駅『小諸そば』

首都圏を中心に76店舗もある、立ち食いチェーン店。

「マツコの知らない世界」にて、鴨南蛮の鴨をマツコが大絶賛したことでも知られる。

とはいえ、北千住店では鴨南蛮はないようでした(笑)。

卓上にある食べ放題の小梅とねぎがうれしい!

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