【いつも蕎麦にいるよ】四杯目 東京メトロ方南町駅『Y’z☆kato』

【登場人物】
二瓶貞夫(26)文房具メーカー営業

【登場そば屋】
東京メトロ方南町駅・『Y’z☆kato』(元『ちかてつそば』)
ソーセイジ天そば ¥340-

次は方南町の本屋に営業か……。
方南町、かつてはよく通っていた街だ。
元カノの典子が住んでいる街。
中野坂上で方南町行きの電車に乗り換える。
めんどくせぇなと思いつつも、短い3両編成の電車のローカル感にワクワクしていたっけ。
今乗ってみると、かつてのワクワク感は薄れていた。
そうか、典子と会える楽しみも含めてのワクワク感だったのか。

典子とは学生のころから付き合って、3年前に別れていた。
別に嫌いになって別れたわけではない。
お互い社会人になって、すれ違いの日々が続いた結果だった。
あの頃は仕事を覚えるのに必死で、別れた実感もなかった。
ようやく一人で営業に回れるようになり、落ち着いた時に、ふと寂しさを覚えた。
正直未練がないといえば嘘になる。
典子は元気にやっているのだろうか?

方南町のホームに降り、2番出口の階段を上る。
階段を上りきったところに、立ち食いそば屋がある。典子の家から帰る時に、一杯食べてから帰るのが日課だった。
今日も営業を終えたら立ち寄ってみよう。
そう思いながら階段を上っていると……。

な……に……!?
立ち食いそば屋が跡形もなくなくなっていた。
そこにあったのは証明写真機とクリーニングBOXだった。
典子との思い出がまた一つ消えていく……そんな気がした。

「そういえば、2番出口にあったそば屋って閉店したんですか?」
営業先の店長に、帰り際に聞いてみた。
「あぁ、移転してすぐ近くにあるよ」
あのそば屋がまだあることに、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございました。失礼します」
本屋から出て、そば屋の移転先を検索しようとスマホを取り出す。
まてよ……これを口実に、典子に連絡をしてみるいい機会かもしれない。
今更連絡して、迷惑かもしれないが……。
震える手で典子への発信ボタンを押す。
プルルルルル……プルルルルル……プルルルルル……。
出ないか……。あと3コール待って出なかったら切ろう。
プルルルルル……プルルルルル……プルル――。
切る寸前でコールが止んだ。そして、懐かしい声が響く。
「もしもし」
「あ、いきなりごめん!……今大丈夫?」
「うん。どうしたの?」
「方南町駅の2番出口にあったそば屋って移転したの?」
「うん。2年前くらいに」
「移転先の場所教えてもらえないかなって思って……」
「えっと……口頭じゃ伝えづらいなぁ……今方南町?」
「うん」
「私も今着いたところだから、連れて行くよ」
「え……ありがとう」
また典子に会える。嬉しさと不安がこみ上げる。
初めてデートに誘ってOKをもらえた時もこんな感情だったっけ。

2番出口のそば屋があった場所で典子と待ち合わせた。
「お待たせ」
スーツ姿の典子はますます綺麗になっていた。
「久しぶり……」
「今日は仕事終わり?」
「うん。方南町の本屋に営業があって来た」
「そっか。じゃあ、行こっか」
「うん」
典子に案内されて歩く。
久しぶりの再会の緊張も典子の明るさですぐに解れた。
俺は昔から典子にリードされてばかりだ。

移転先の店は大通りから少し入ったところにあった。
一見すると惣菜屋にしか見えなくて、知らない人には2番出口にあったそば屋だとは気付かないだろう。
「いらっしゃい」
店内に入ると懐かしい店主の声が響いた。
小奇麗な内装に雑多なメニューが所狭しと貼られている。
奥のテーブル席に典子と座った。
かつてよく食べていたソーセイジ天そばを注文した。
ソーセージではなく、ソーセイジと表記されているのもかつてのままだった。

まずはつゆを一口。
喉を通った後に出汁の香りが口の中に広がる。
変わらない味だった。後味の良さがここのそばの魅力だ。
「で、そば屋の場所を聞くために連絡してきたの?」
典子が紅生姜天そばを食べながら聞いてきた。
「うん……」
「検索すれば、すぐわかりそうだけど」
「……典子に久しぶりに会いたいなって」
「ふーん」
「迷惑だった?」
「別に迷惑じゃないけど」
「……」
どう話を続ければいいかわからず、2人のそばを啜る音が店内に響く。
「……今、彼氏いたりするの?」
「いないよ」
「そっか……」
「そっか……じゃなくて、言いたいことあるなら言いなよ」
「……より戻さないか? 俺はもう一度典子と付き合いたい」
「いいよ」
「え!? マジで!?」
「まったく、呼び水を差さないと言わないんだから。告白の時だってそうだったじゃん」
「ごめん」
「彼氏なんだから、バシッとリードしてよね」
「うん」
勇気を出して電話して良かった。
そば屋が閉店してなくて良かった。
また方南町に通って、このそばを食べることができそうだ。
ソーセイジ天そばの湯気の向こうで、典子が笑っていた。

<終>

東京メトロ方南町駅 徒歩1分『Y’z☆kato』


立ち食いそば好きには有名な名店『ちかてつそば』が方南町駅の改装工事のため2017年6月に閉店。
悲しむ方南町住人も多かっただろう。
数カ月後に徒歩1分のところにリニューアルオープンしたのが『Y’z☆kato』だ!
かけそば¥280-に好きな天ぷらをトッピングしていくスタイルで、天ぷらの種類が豊富。
後味の良いつゆは唯一無二の味!
リニューアルして店内で酒も飲めるようになったので、天ぷらをつまみに昼飲みするのも最高!

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