【いつも蕎麦にいるよ】一杯目 JR秋葉原駅『新田毎』

【登場人物】
相川美鈴(31)工場作業員

【登場蕎麦】
JR秋葉原駅 総武線ホーム『新田毎』
もりそば¥290-

異常なし……異常なし……異常なし……。
終わらせても終わらせても回ってくる液晶モニター。
傷や異常がないかをチェックするのが私の仕事だ。
まだ今日の仕事を始めて1時間しか経っていないのに、何十時間も経ったように感じる。
ここは『精神と時の部屋』かよ!
そういえば、『ドラゴンボール』って今どうなっているんだろう。アニメなんてもう何年も見ていない。そう、あの事件があってから……。

仕事が終わるとまっすぐ家に帰り、母親が作った晩ごはんを食べる。
代わり映えのない毎日。
「ごちそうさま」
食べ終えたカレーの食器を流しに置いて、2階にある自分の部屋に向かう。
「また部屋に篭ってゲーム? ちょっとは遊びに行って、彼氏でも作ったら……」
母親の小言を背中で聞きながら階段を上る。

ゲームを起動させて、ヘッドセットを装着し、ボイスチャットのグループに入る。
グループにはすでに数人のメンバーがいて、楽しそうな会話が聞こえてくる。
マイクのスイッチをオンにして、私も会話に参加する。
「こんばんは」
「あ、スズさん。こんばんは!」
『スズ』が私のハンドルネームだ。
「スズさん、タクヤさんが就職内定したそうです!」
「え! おめでとうございます!」
「ありがとう」
最近ではゲームのクエストに行かず、ただ雑談していることが多い。
今の私にとって、この声だけの電子空間が一番居心地のいい場所だった。
「それで、タクヤさんの内定祝いも兼ねて、オフ会しようって話になってるんですが、スズさんもどうですか?」
「オフ会……」
グループのメンバーとリアルで会ったことがないから、正直緊張する。でも会ってみたいという気持ちの方が強かった。
「ちょっと会うの緊張するかも(笑)」
「もう何年も会話してる仲じゃないですか」
「そうですね」
「今度の土曜日に秋葉原でやるんですが、ご予定どうですか?」
「……ちょっと野暮用があるんで、行けたらでいいですか?」
「はい! 来れたらぜひ来てくださいね!」
野暮用なんてなかった。私が引っ掛かったのは、日程よりも場所だった。
秋葉原か……。

10年前、私は秋葉原のカラオケ店でバイトをしていた。
アニメ好きでいわゆるオタクだった私は、秋葉原が好きでバイト先に選んだのだ。
同じようにアニメ好きが集まるバイト先。勤務後にはバイト仲間とアニソン会を開いたり、楽しいバイト先だったのだが……。
あの日は、いつものようにバイト先に向かっている最中だった。
「ドンッ!」
と、車が衝突する大きな音が聞こえた。
交通事故。その場にいた誰もがそう思っていたのだが……。
悲鳴と共に事故現場の方から人々が逃げてくる。
「通り魔だ!」
逃げてくる人たちが発した言葉に皆が動揺した。
事故現場の方を見ると、何人もの人が倒れていた。
逃げ惑う人、果敢にも救助に向かう人、野次馬根性で現場に向かう人……様々な人が私の前を通り過ぎていく。
私は何もできなかった。逃げることもできずに、ただその場に立ち尽くしていた……。

それ以来、私は秋葉原に行っていない。
バイトも辞めて、地元の船橋で仕事を探した。
大好きだったアニメも秋葉原を思い出すから見なくなってしまった。
代わりに暇つぶしで始めたのがゲームだった。
アニメから離れてもやっぱり私はオタクだ。
10年忌の献花にも行けなかった。
今度のオフ会は、秋葉原を訪れるいい機会なのかもしれない……。

オフ会当日。私は総武線の電車に乗り、秋葉原へと向かっていた。
ドア付近に立ち、窓ガラスに映る自分の顔を見る。
精一杯オシャレをして、久しぶりにメイクをした。
これで大丈夫かな……?
「次は秋葉原ぁ、秋葉原です」
車内アナウンスが秋葉原の到着を告げる。
ドアが開き、私は10年ぶりに秋葉原のホームに降り立った。

ビックカメラ前の交差点。
何事もなかったように、人々が行き交う。
私はそっと一輪の花を添え、黙祷をした。
あの時、何もできなくてごめんなさい。
今まで来れなくてごめんなさい。
黙祷を終えると、私はオフ会の会場へと向かった。

楽しいオフ会だった。
何年も会話をしていたから、初めて会った気がしなかった。
オタクだと思っていたタクヤさんが、あんな爽やかイケメンだったとは。
千葉方面行きの総武線ホームに向かうと、一軒のそば屋が目に入った。
秋葉原でバイトしていたころ、帰り道によく食べていたそば屋だ。
10年前と同じように『本日 天丼セット¥490』とデカデカと書いてある。
懐かしく感じた私は、気付いたら暖簾をくぐっていた。
とはいえお腹は空いていない。
私はもりそばを注文した。
お冷をグラスに汲んでいる間に、もりそばが出てきた。

窓際の席に座り、ズズッと一口。
鰹出汁の香りが鼻に抜け、するりとそばが喉を通る。
10年前と変わらない味だった。
そばの味と共に、当時の記憶が蘇る。
楽しかった日々。私はこの街が好きだった。
思い出している間に、もりそばはあっという間になくなった。
「ごちそうさまでした」
食器を返して、私はそば屋を後にした。
また秋葉原に来てみよう。
アニメも見て、『アニメート』にも行ってみよう。
その時は、また蕎麦を食べて帰ろう。
再訪を決意して、私は総武線の電車に乗り込んだ……。

<終>

JR秋葉原駅 総武線ホーム『新田毎』


総武線下りホームの少し入ったところにある駅そば屋。
日替わりでステーキカレーや天丼セットが安いのでガッツリ食べたい人にもおすすめ。
そばを食べ、隣の本屋で漫画を買って、目の前のスタバで読むのが至福の一時!

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